佐藤:マグネットの佐藤です。よろしくお願いします。重松さんはいつからニューヨークにお住まいなんですか?
重松:2009年からです。私が共同代表を務めているLaguarda.Low Architectsでは、世界25カ国で都市デザインから複合施設の設計まで行っています。日本だと豊洲のららぽーと、たまプラーザテラス、南町田のグランベリーパークを手がけました。佐藤さんはどのような仕事を?
佐藤:もともとは広告のプロデューサーです。今はマグネットという会社で、東京都のパラスポーツ推進事業や、実験思考をテーマにしたオランダのイベント「ボーダーセッション」の誘致、宮城県亘理町の「防災から文化を創り出す」プロジェクトなどを手がけています。この、「ほこみち研究会」のクリエイティブも担当しています。
今回、まずお話したいテーマのひとつは、ニューヨークで起きている「オープンストリート革命」について。コロナ禍以降のニューヨークの動きについて教えてください。
重松:2020年4月に新型コロナウイルスが感染拡大して、基本的にレストランは全部閉鎖になってしまいました。店としては「補助金をもらうより、誇りを持って働き続けたい」という意識が強かったんです。
そこで、屋外なら感染の可能性は低いということで、外に屋外座席を設置する「オープンストアフロント」という施作が導入されました。歩道として最低2mぐらい確保していれば、タダで店の前に座席を置いていい、駐車帯があればそこも使っていい、ということになったのです。レストランとしては使わない手はないですよね。それで外に座席を出し始めたのが2020年5~6月ぐらいです。
やがて屋外座席が少しずつ増えていき、場所によっては車を完全に止めたオープンストリートになっていきました。室内にあった賑わいがそのまま屋外へ出てきたので、結果的に街がより活性化したんです。
佐藤:コロナ前は、そこまでストリートが使われていなかった?
重松:オープンカフェなどの屋外座席は前からありました。でも5倍くらい増えた印象ですね。
佐藤:現状、オープンストリートはどのぐらい使われているのでしょうか?
重松:現在はさらに加速してオープンストリートの後に「オープンブールバード」という政策が出てきました。ブールバードとは並木道のような意味で、ストリートよりも長い距離で車を止めて、屋外座席や地域振興イベントに使ってもOKとなっています。
あと、ニューヨークは冬になるとかなり寒いので、屋外座席ごとに仮設のテントができました。個室テントのような雰囲気がおしゃれだ、と人気になっています。「いきなり道路にテントを立てて、法律的には大丈夫なのか?」といった話も出てきましたが、緊急事態だからとりあえずOKにしましょう、と言って設置されました。
佐藤:でも、コロナ禍が終わったら無くなってしまう?
重松:いえ、今は違法であっても、「結果みんなハッピーになったよね」「だったら法律で縛る理由がないから、合法にしよう」ということで、法律家など専門家チームを作って、今のこの状況を合法化する方向に進んでいます。
「社会実験」ではワクワクしない?
佐藤:ニューヨーク市は、なぜ道路管理に対する姿勢や考え方が柔軟なのでしょうか?
重松:2代前の市長であるマイケル・ブルームバーグと、元市交通局長のジャネット・サディク=カーンが「ニューヨークを世界一健康な都市にする」と宣言しました。都市の屋外の土地の大半が車に奪われているのはおかしい、もっと人に解放されるべきだと言い始めたのです。
彼女らには実験思考がありました。時代の変化が速いため、「過去の統計データに基づいた需要予測は、もはや意味がない」と素直に認め、とにかくやってみること。「ここを広場にします」、「もしうまくいかなかったら、元の道路に戻せばいいでしょう?」と。結果、みんながハッピーになれば、常設的にハードを構築していく。そんな姿勢ですね。
佐藤:なるほど。元々そういう土壌があり、コロナ禍が引き金となって加速した、と。
日本だと「コロナ禍なので、道路を一部占用することができます」という打ち出し方になりますよね。でも、ニューヨークは、運輸局がかなりフラットな施策を講じていてすごいなと思いました。アメリカでは普通なのでしょうか?
重松:そうですね。理由は2つあって、1つは市民自体が「何か困ったことがあれば、自分たちで勝手に動くよ」という姿勢なんです。それに対して行政がサポートする。もう1つはPRがうまい点です。日本では「社会実験」という言葉を使うじゃないですか。
佐藤:よく聞きますね。
重松:僕はその言葉がすごく苦手で。全然ワクワクしないし、「行政が何かやっている」と他人ごとになってしまいますよね。「社会実験です。ご迷惑おかけして申し訳ございません」と2日間言い続けるだけじゃ、何も変わらないでしょう。
ニューヨークの場合は、突然道路が封鎖されて広場になり、それが例えば6カ月間続きます。もちろん最初は渋滞が起きて文句を言う人も出てきますが、そのうちみんな別の手段を見つけます。結果、渋滞は起きないし、お店も儲かるし、行政としても税収が増えるし、交通事故も排気ガスも減って「こっちの方がいいよね」と変わっていくのです。つまりデータを取ることよりも、新しい世界観を日常の風景として見せて反対派を賛成派に回す、ということが大事だと思います。
佐藤:日常生活の中に新たな要素が入ってきたときにどうなるのか、それが実験ですよね。でも日本の社会実験は「日常をしないでね」となる。それって実験とはいえない、と僕は思います。
重松:そうですね。「みんなでカルチャーを作っていくために、これをやるんです」と言えば、「どう参加したらいいの?」と市民たちが乗ってくるはずです。でも「通常の生活ができなくなってすいません」みたいな感じだと参加しにくいし、取れるデータもポジティブな内容にはならないでしょう。
都心環状線をイノベーション特区にする「東京G-LINE」構想
佐藤:重松さんは、日本における道路活用の可能性についてどう考えてらっしゃいますか?
重松:10年ほど前から、都心環状線を緑とパーソナルモビリティのイノベーション特区にする「東京G-LINE」構想を提案しています。
都心環状線は一周14.7キロ、直径2.3キロ程度しかありません。もちろん今も毎日10万台の車が通っていますが、こんな小さな環状線は世界にも類がなく、唯一の環状線だった昔に比べて、今は周囲に中央環状、外環、圏央道ができましたので、都心環状線を止めても他の道路がパンクする、なんてことはないと思います。
▲「東京G-LINE」構想のイメージ
佐藤:都心環状線のクルマを止めて、まったく別の活用をするわけですね。
重松:半分はイノベーション特区にして、モビリティの実験場にする。もう半分は人に開放して公園空間にする、など。
子供たちが走り回れるような14.7キロが、東京のど真ん中にある。それだけで魅力的ですよね。しかもイノベーション特区で、多様な未来のパーソナルモビリティーを自由に実験していいよ、となれば、世界中のスタートアップを集結できると思います。そんな実験場を都心のど真ん中に作ろう、というのが「東京G-LINE」構想です。
佐藤:非常に面白いですね。いま実際に進んでいるのでしょうか?
重松:東京都や国土交通省、首都高速道路株式会社などに10年越しでプレゼンし続けてきましたが、やっと「東京高速道路(KK線)を活用しよう」と動きが出てきました。
ただ、従来のような社会実験のプロセスを組もうとすると時間がかかります。そこで、3Dデータを使いながらデジタル空間上で実験を行い、うまくいったものはリアルに落としていく、そんな手法を考えています。
▲東京高速道路(KK線)の位置
街歩きの楽しさは「溜まり空間」と「歩く空間」のバランス
佐藤:「ほこみち」は、歩道を活用してにぎわいあふれる空間を創り出そうという制度です。でも街には歩道だけじゃなくて建物も公園もありますよね。重松さんは、道路と公共空間の関係性をどう捉えていますか?
重松:僕は建築家と名乗っていますが、本質は人々の体験とライフスタイルをデザインし、そのためにはどういった建築空間が必要かという順番を考える、つまりまずは建物と建物の間をデザインしていくことが第一にあります。そうすると、敷地境界線内だけを見ていては限界があります。歩道や車道、街との連続性をつくり、境界線をどう曖昧にしていくか、が僕のテーマです。
佐藤:先ほどの「東京G-LINE」は、そのテーマに沿った構想なのですね。もし「ほこみち」を使ってオープンストリートのムーブメントを起こすとすれば、どんなアイデアがありますか?
重松:「ほこみち」の断面を見ると、まだ車線をリスペクトしている感じがします。道路に対して平行なラインがあって、「ここは人が歩く」「ここは自転車」となっていますよね。
もし、まっさらな形で「道路空間全体を自由に使っていいよ」と言われたら、車道がまっすぐである必要はないでしょう。車線という境界線を曖昧にして例えばS字にすれば、直線的でない人が溜まる空間がゆったりとできて、子供が遊べるスペースもできる。それぐらいの実験ができるといいですね。
佐藤:なるほど。道路空間での新しい体験をみんなに味わってもらう、そんな企画があるとよさそうですね。
重松:街歩きが楽しいと感じるのは、溜まり空間と歩く空間がリズムよく出てくるときです。車道・歩道レーンの考え方から逸脱しない限り、そのリズムは作れないでしょう。「静」である溜まり空間と、「動」である歩く空間をどう組み合わせるか、そこがポイントだと思いますね。